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令和に描く『白い巨塔』

白い巨塔』が、テレビ朝日開局60周年記念として5夜連続で放送されました。

www.tv-asahi.co.jp

原作は山崎豊子、1965年刊行の作品です。
1978年に田宮二郎主演でドラマ化、2003年に唐沢寿明主演でドラマ化…など数々の映像化が行われてきましたが、自分世代はとにかくこの2003年の唐沢寿明版に魅了されていました。名作。
今なおCSで再放送されていたらザッピングしてしまい、展開のひとつひとつが頭に入っているほど大好きな作品です。

そして2019年、令和初の大型ドラマとして再びリメイク!
今回の主演は岡田准一ということで、放送を楽しみにしていました。

…と言うことで以降の感想で、過去作品との比較を述べる場合がありますが主に唐沢寿明版との比較になります。原作愛読者や田宮二郎版をご覧になった方からすれば、この比較もまたにわかと受け取られるかもしれませんが、ご容赦を。

 

令和に描く『白い巨塔

そもそも『白い巨塔』とは。
大学病院を舞台に、封建的な権力構造を風刺も交えて描いた医療ドラマ。権力争いが繰り広げられる教授選と、晴れて教授となった矢先に起こった医療ミス裁判。大きく分けてこの二部構成で、権力・権威を欲し、そして手にした権力・権威を手放さんと闘った外科医・財前五郎の生き様が骨太に映し出されていく。

 

先に今回の岡田准一版のネガティブな側面を書いておくと。
唐沢寿明版では、これを全21回、半年もの期間を掛けて放送していました。うち何回かはスペシャルも挟まれたので、放送時間にして約23時間。
それを今回は全5回、放送時間にしても9時間弱。この放送尺では短すぎたと言わざるを得ない

時間がないから、じっくり心情描写するのではなく説明セリフに丸投げしていたシーンも目立つ。
教授と准教授レベルが、今さらそんな基礎知識を語り合うか、と思わずツッコみたくなるシーンも。
その割にはあらぬシーン足して、のちのシーンとの整合性が矛盾とは言わないまでも微妙になっていないか?…という構成も見受けられて、全体的に詰めが甘いなと感じたのが正直なところです。

そして放送尺もさることながら、オンタイムで見た時にわずか5日間で栄枯盛衰を全うされてしまう呆気なさも感じたり。
たとえ同じ放送尺だったとしても、5日連続ではなく5週連続放送というスパンだったら、また感想が違ったのかもしれない。

 

財前五郎の「弱さ」

そうした限られた状況下で、しっかり栄光と転落を演じきったと思います。
岡田准一の演じた財前五郎、なんというか「人間の弱さ」が描かれていたことが印象的でした。

教授選を勝ち抜き、物語は後半の医療ミス裁判へと移ろうかという場面。
自分が執刀した患者・佐々木庸平の死を知らされた直後から動揺を見せ、すぐさま具体的な自らの過失に思い至る姿は、唐沢寿明版では見られなかった。
その過ちを隠そうとばかり繕い、より強権的に振る舞い出す。どこか自分の行いが正しいことではないという「弱さ」が見え隠れてしていました。
言い換えれば、自らの過ちを自覚した上で隠蔽を図ったのだから、より「悪い」財前五郎だったと言えるかもしれない。

 

自らの主張が綻び始め、かたや財前の言葉に耐えかね真実を話さなければならないと意を決した部下の柳原(満島真之介)。
この場面、財前が柳原にすら不安げな怯えた目をしていたのが、今作においてひとつ象徴的だった。

 

そういった描写が、財前自身が膵臓がんを患っていたと発覚してからより顕著になっていく。
唐沢版のように「無念だ」「恥じる」と悔恨の言葉も力強く、最期まで弱さをうちに秘め続けた財前に思い入れがあっただけに、患者の思いを肌で感じ、弱音を吐く財前五郎の姿なんて信じられなかった。
だからこそ、そんな財前が最期まで「弱さ」を見せまいと言葉を紡いだ相手というのがドラマチックだった。言葉少なに、ただすべてを察したシーンが切ない。

唐沢版の財前の方が良かったと言うのも簡単だけど。
そうではなくて、これもまた新しい解釈として岡田准一が演じた「財前五郎なのだとポジティブに受け止めたい。

 

 

里見脩二の「覚悟」

財前五郎と対極に位置する医師として登場するのが同期の内科医・里見脩二
大学病院にありながら、権力欲とは縁遠く患者のため研究に勤しむ善意の人。自らの地位も顧みず、医療ミス裁判に患者側の証言者として出廷する。
唐沢寿明版では江口洋介が務めるなど、まさしく財前と並んでキャスティングが重要なポジションです。

 

そして今回、里見を演じたのが松山ケンイチ

正直、このキャスティングを最初に聞いた時は違和感がありました。
…と言うか、憑依型の演技と言うか鬼気迫る演技で、松山ケンイチが演じる財前五郎こそ見てみたかった、という感情が同時に過りました。今はまだ時期尚早かもしれないけど、10年後ぐらいに。だから現時点で里見役をやっちゃうことに抵抗がありました。

でも、蓋を開けてみれば。
悪意なく、包容力を感じさせる屈託ない笑顔もまた松山ケンイチの真骨頂だったな、と気付かされました。
シナリオ簡略化の影響で、里見が直接的に医療ミスの現場に接触する機会が増えていました。遺族との対話、柳原への指導、病理解剖の立ち会い…。その知見を経て、財前のスタンスを正すべく真正面から説く言葉に見入りました。

江口洋介が演じた熱さとは違った、笑顔に秘めた静かな「覚悟」が伝わる松山ケンイチの里見先生も素敵だった。

 

医療の進歩とともに…

時代の流れとともに、医療部分でも色々と変更が加えられています。
財前が最後に患うがんが、これまでの胃がん、肺がんから膵臓がんに変更されたことが話題になっていました。がんが少しずつ不治の病ではなくなりつつある。早期発見の難しい膵臓がんもいずれは…。

医療裁判も「PET検査を行ったか否か」の一点に大きな重きを置いて描かれていた。
その検査さえ行っていれば、まず間違いなく病源を発見できており助かっていただろうことを示し、検査方法の進歩もまた感じさせる。

変わらないのは、そこに息づく人々の権力欲や野心、あるいは家族への愛情…。
それがある限り、この『白い巨塔』という物語は何度となく振り返られていくような気がします。10年後、20年後…新たな医学の進歩とともにこの物語が再び描かれることを楽しみにして、締めたいと思います。

ちなみに…過去作品との「違い」に着目して書いてきましたが、「あっこのセリフは一字一句違わないんだ」というシーンもままあったので。この機会に原作を読みたくなってきた。と言うか一度、読んでおかないとな。

白い巨塔〈第1巻〉 (新潮文庫)

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